古典(Classic)を読むことは非常に大切である.
日本では余り知られていないが,1982にまとめられたG.Gayle Stephensの1965年から1980年までの23編の著作集”The Intellectual Basis of Family Practice”は米国の初期家庭医療を形作る基盤となった思考である.
先日このオリジナルを手に入れる機会に恵まれ,少しずつ目を通している.
その巻末に,"A Decalogue For Family Practice Residents Entering Practice(研修を終え現場に出るレジデント達への十戒)"と題された付録A .1979年 サウスキャロライナ大学の家庭医療講座での講演の一部ということでたった1ページなのだが,ここに挙げておきたい.(日本語訳と訳者注は私)
A Decalogue For Family Practice Residents Entering Practice
研修を終え現場に出るレジデント達への十戒
*Don't give up the reform ethos. Keep on the side of responsible change in education , practice, and social justice.
改革の気風をあきらめるな.教育,臨床,そして社会正義に置いて責任を持った変化の一端を担い続けよ.
*Don't lose faith in the power of relationship and the therapeutic use of self.(Or, don't hire anybody to save you from spending time with patients.)
医師患者関係の力と,治療としての医師自身への信念を捨てる事なかれ.(つまり,患者さんと過ごす時間を節約するために誰かを雇うようなことはするな)
*Don't turn your practice into a mere business. It may not be less, and it should be a great deal more.
診療を単なるビジネスにしてしまうな.それ以下では当然ダメだが,それよりもずっとずっと崇高なものでなければならない.
*Learn to distinguish between uncertainty and ignorance; only the latter is remediable and potentially culpable.
不確実なものと無知(無視)の区別がつけられるようになりなさい.後者だけが修正可能で,場合によっては有罪となる.(無知や無視のせいではない本当に不確実なものはどうしようもないが.勉強不足によるものは許されない)
*Find some way to practice charity; i.e., willingly give a part of your services consistently to those who cannot pay.
慈善を実践する何らかの方法を見つけよ.あなたの能力を継続的に,弱き者に喜んで提供しなさい.
*Try to see that the groups in which you hold membership are at least as moral as you are.
あなたが所属する集団のメンバーは少なくともあなたと同じぐらい倫理的であると常に考えるようにせよ.
*Humanize and personalize the microsystems in which you work.
あなたが働くマイクロシステム(通常は診療所や診療環境のこと)を出来る限り人間的で,個人的なものにせよ.(無機質で殺風景なものでなく)
*Act at all times as if the patient is fully autonomous; the weaker the patient is , the more vulnerable you are to violating his/her personhood.
患者は常に自己決定権を持つものとして振る舞え.患者が弱ければ弱いほど,あなたはその人の人間の尊厳を簡単に破壊しやすい状況になる.
*Reflect on your professional experiences. Within the bounds of protecting patients' privacy, think, talk, and write about your clinical stories.
自分のプロとしての経験を振り返りなさい.患者のプライバシーを尊重した上で,臨床の様々な物語について,よく考え,よく話し,書きなさい.
*Worry less about patients becoming overly dependent on you than about your becoming undependable.
患者があなたに必要以上に依存することを心配するよりは,あなたが頼りがいが無くなる・あなたに頼れなくなることを心配しなさい.
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ほぼ30年前の言葉だが現在の北米家庭医療がその流れをくんでいること,今改めて重要と考えられていることがそのときに既に重要視されていることなど驚く.
振り返りreflectionの重要性は言うまでもない.FFM(future of family medicine)Projectでは家庭の才能の一つとして"humanizing medical experience"というのがあるが,ここに源流を発するのではないか.
耳の痛い話も多い.
Gayle Stephensは米国家庭医療の基礎を作った重要な一人とされている.Keystone conferenceについては知る人もいると思うが,そのI, IIについての発起人.IIIでは発起人4人"the quartet"の一人.
Keystoneについては次を.
KEYSTONE III アメリカ家庭医療学の自己再発見への旅
以前から自分のteachingの中で,”歴史家としての家庭医”ということを時々話してきたが,出展については不明だった."The Intellectual Basis of Family Practice"の第14章が"The Clinician as Historian"と題されている.彼が言い出しっぺだった.
この本をざっと眺めてみると,今我々generalistが大切にしていることが殆ど書かれている.
医学が進化していないのか.generalismが進化していないのか,それとも,あまりに本質的なので,30年の時代を超えて変わらないのか.
- The Intellectual Basis of Family Practice
- 発売元: Society of Teachers of Family
- 発売日: 1982/06
2 コメント:
いつも勉強させていただいています。
この十戒は「すごい!」ですね。とても30年前に発せられたものとは思えません。
米国の家庭医療のバックボーンと最先端の話題まで含まれているようにみえます。
進化していないと解釈するよりも、本質的なものは時代を選ばないのだと信じたいですね。黒沢映画のように。
私レベルの人間には、この十戒を穴の空く程ながめて、反芻し続ければ新しい発見があるのではと思えてしまいます。
さらにSaultz先生たちリーダーは、この十戒をさらに乗り越えた新しいものを生み出す必要があるのではないか?と検証、模索しているのでしょうね。
歴史を振り返る、回帰することの大事さを教えていただけた気がします。
ううーん、、と唸ってしまいます。
十戒を読むと、胸のどこかで「あいたたた、、」ってなります。
でも、いつでも振り返って「あいたたた、、」って反省できる自分でいたいなと思います。
少しでも、「あいたたた、、」が少なくなるよう、歩んでいきたいですね。
30年かぁ。。重いなぁ。。。
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