2008/01/18

    Baumol's disease -- Health care in general may suffer from an incurable disease. (Are you surprised?)

1/12のentry知的挑戦,反省的実践家と学府,たった1回の経験に対してのresponse.

表題のBaumol's disease を知っている人はどのぐらいいるでしょうか?

内科学のHarrison, 外科のSabiston,小児科のNelson,循環器のブラウンワルト,泌尿器のCampbell,神経内科のAdams,家庭医療のTaylorやSaultz,産科のWilliamsなどの医学書には載っていないと思います.安心しましたか?

定期的に目を通す医学雑誌で自分も初めて知ったので,ほぼ翻訳というか受け売り.それでも日本語にする意義はあると思うので.

出典
opinion Baumol's Disease Bobby J. Newbell, Family Practice Management(FPM). November/December 2007 Vol. 14, No. 10

正確にはBaumol's cost disease (also known as the Baumol Effect)

以下の説明は上記2つから.

FPMでの説明もほぼwikipediaから.
日本語では技術的不均斉成長モデル(pdf)という説明もされるようです.


元々は私の興味分野であるperforming artの世界の観察から.
wiipediaでは

It involves a rise of salaries in jobs that have experienced no increase of labor productivity in response to rising salaries in other jobs which did experience such labor productivity growth. This goes against the theory in classical economics that wages are always closely tied to labor productivity changes.

通常古典経済学的には賃金というのは生産性とリンクしているのだが,その原理に反して,生産性が上昇していないにもかかわらず,その他の業種の生産性が向上したことによる賃金上昇に反応して,その分野では生産性が向上していないにもかかわらず,賃金が上がっていく現象

とあります.

具体例を挙げると,

自動車の生産効率(単位時間当たり一人当たり)は1995年から2005年の10年で66%増えたとのことです.(約1.7倍)
極度に単純化して考えると,仮に1995年と2005年で同じ車の値段が同じ金額だとすると,一人の工員が一定時間に作り出す自動車の台数が1.7倍になったということですから,単純に売り上げも1.7倍,従って賃金(取り分)も1.7倍となるはずです.(実際は製造効率が上がるために,工場の機械を良い物にする設備投資とか,様々な要素があり,このように単純ではないはずですが)
これは主としてテクノロジー(IT,ロボット,その他産業)の進歩による生産性の向上,または大量生産による部品コストのコモディティ化による価格低下などの恩恵であり,人類が肉体を動かす身体能力が1.7倍になった為による生産性の向上ではありません.

しかしながら,250年近く前に作曲されたモーツアルトの弦楽四重奏は現代においても,その演奏に,当時と全く同じ4名の弦楽器奏者と同じだけの演奏時間が必要であり,そこに,生産性の向上は一切ありません.音楽や演劇,バレエ,ダンスなどの「演じる」ということを主とするperforming artsのほとんどについてこのことが当てはまります.

理論上,同じ効率でしか作品(商品)を生産できない以上,音楽家(演奏家)の賃金は250年前と同じでよいはずです.ところが,その他の特にテクノロジーの進歩の恩恵を受ける産業での賃金がその生産性向上に伴って高くなり,そうでない業界との賃金の差が大きくなると,その業界の仕事をしようという人がいなくなってしまいます.要するに音楽家やっているより自動車工場の工員になったほうが,何倍も効率が良い,ということです.

そうやって,テクノロジーの恩恵をあまり受けない業界は,労働力の流出を避けるために,そういった業界の賃金にそれなりに見合うように,賃金を上げなければなりません.

その現象を.

通常古典経済学的には賃金というのは生産性とリンクしているのだが,その原理に反して,生産性が上昇していないにもかかわらず,その他の業種の生産性が向上したことによる賃金上昇に反応して,その分野では生産性が向上していないにもかかわらず,賃金が上がっていく現象

Baumol's cost diseaseというのです.

さて本題.
これと医療と何の関係があるのか.

1950年代,米国のGeneral Practitionerが一日に診療した患者の数は25人程度.そして米国ではその数は50年後の今も変わりません.
考えてみて下さい.テクノロジーの進歩の恩恵を医療は受けてきたでしょうか(生産性に関して).電子カルテで,処方ミス回避や情報共有などの効率化ができ,医療の安全性の向上,質の向上は起きていますが,むしろ様々な制約により単位時間に対応できる患者の数はそれほど増えていないか,少し減っているのではないでしょうか.

単位時間当たりに診療できる患者の数が50年前から変わらないから,医療従事者の賃金が50年前と同じでよいか,というとそういうわけにはいきません.製造業,生産業の生産効率の上昇と共に彼らの賃金が上がり購買力が上がるために,物の値段が上がります.そうなると「医者なんかやってられない」ということで,もしかしたら一時期いわれたイタリアのように医学部を出てタクシーの運転手という状況になる可能性があるのです(このことが事実かも,なぜそうなのかも知りませんが)

FPMには,

The underlying factors of "production," namely, taking a history and performing a physical examination, have not been affected by technical progress. Likewise, a half-century of tremendous advances in the science and technology of medicine has done essentially nothing to increase the speed with which a nurse can change a bandage.

科学とテクノロジーの発展は医師が問診をし,身体診察をする,看護師が包帯を交換すると言ったことの作業効率にほとんど貢献していない.とあり,そのあと,なぜなら,医療は「その作業そのものが商品であるから」とあります.

生産業などは作業の結果何らかの商品が発生します.そうではなくいわゆるサービス業(飲食も含め)は人間の労働そのものが商品であるということで,この現象が見いだされたperforming artsと共通しています.


更に,医師Jay Jacksonの言葉を引用して,

"The distressing trend about medicine today is that cognitive skills learned over many years, with rapid pattern recognition and astute clinical decision making, are disproportionately underproductive by comparison to the rest of the economy. ... Medicine, for all the discussion about innovation and redesign, still remains a profession - one patient, one pair of hands, and one pair of eyes at a time."

何年もかけて身につける診療能力(瞬間のパターン認識と,抜け目のない臨床決断など)は医療以外の世の中の経済活動に比べると絶望的なほど「非生産的」であり,それは,どれほどinnovationやredesignを語っても,医療は最終的には一人の患者に,両手と両目を使って一人ずつ対応する職業であるからだ

医療の中でも多少の違いはあるでしょう.放射線科などは,画像をネットで送れることや電子データの処理能力向上などで,生産性が比較的向上しますが,家庭医は電子的に音を拡大する聴診器や,電子カルテを用いても診療のスピードがそれほど上がるわけではないのです.

同様に大学教授が1時間の講義で伝えられる情報量もpowerpointの恩恵があっても50年前とはそれほど変わらないはずです(受け手の処理能力が上がっているわけではないので)

話を戻すと,人間と人間のやりとりに大きな意義,価値を置く仕事であるほど,この疾患Baumol's diseaseの餌食となるリスクが大きいと言えるのではないでしょうか.

wikipediaには
他業種の賃金価格上昇に対してperforming artsのプロデューサー(興行主)は収益を増やし,artistの賃金を上げるために以下のような方法で対応できるとあります.

Decrease quantity/supply (労働者(performer)の数や,舞台にかかる費用を下げる)
Decrease quality    (performerのランクを下げる.)
Increase price     (興業の値段を上げる)
Increase non-monetary compensation / employ volunteers (賃金を上げる変わりにその他のbenefit(福利厚生など)を増やす,ボランティアを雇う)
Increase total factor productivity (翻訳不可能,performing artsでは実施不可能とあります)

例としては医療では,データ入力や簿記などを海外の安い労働力にアウトソーシングする,教育の世界では,手書きのエッセイを採点する代わりに,コンピュータで採点可能なマークシートにするなどがあげられています.

さてビジネスはどこまでいっても

収益=単価x数ー費用

です.(原則としては包括払いでも同じ)
そして前提として単位時間当たりの処理能力の向上はあまり見込むことのできない医療の世界で,しかも国によって単価が決められており,自由に設定できない中(注1),生き残っていくためには(つまりずっと長い間,地域によい医療を提供し続けるためにはある程度の利益が出なければ「人のケア」最終的な商品である医療で「人」が雇えなくなる (注2))我々がコントロールできる変数は費用しかない,つまりコストを減らす,ということになるのですが,検査器械のお金をけちっている医療機関,電子カルテをけちったために手書きの文字で読み間違いが起こる医療機関,人を減らして,受付が常に電話対応に取られている医療機関なんかにかかりたいと思うでしょうか.

話を戻すと,
医療特に問診と診察を重視する,話しを聴くこと,説明すること等の人ー人のやりとりにその価値が存在するプライマリケア,家庭医療が最もテクノロジーの恩恵を受けにくい,そして世界中の様々な診療報酬体系もなかなかこの難治性の病気を治せないでいる.FPMの文章を借りると、Baumol自身がいうように,これは,先進国経済における,避けることのできない,取り除くことのできない、経済が発展していることそのものの証明なのではないか.

performing artsの世界では(特にpops市場)、うまくテクノロジーを取り入れている。1回のコンサートで出来るだけ多くの人が楽しめるように大画面を用意して、武道館のような広さでもartistの顔が見える工夫。また、そのときの様子をDVDとして販売、novelty goods(ステッカーやTシャツなど)の販売などもそうであろう。

しかしそれでも,「人ー人」のやりとりを最大限にするためにこそテクノロジーはあるのではないか。黙っていてはテクノロジーの恩恵を受けられる領域ではないからこそ、今までのやり方とは全くちがう医療提供の枠組みによって、innovationを起こすことが必要なのではないか。キーワードとしてはChronic Care Model, group visit, virtual visitというあたりだろうか。

今後少しずつ言及。

注1 先日銀行の人に「我々は価格を決められないからつらいです」という話をしたら,「国が価格を保証してくれているほど恵まれていることはない」と言われた.確かに,それも一理ある.一般の商売は売れなければ価格を下げてたたき売る覚悟もいるのだから.
注2 一般病院(民間)の医業利益率は1%に満たない。大ざっぱにいって、外来患者さん200人診療すると100万円入ってくるが、諸費用を支払うと手元に残るのは1万円に届かないということ。以下参考

参考 M3サイト(ログイン必要)
---------(引用ここから)-----------------
06年度WAM調査 一般病院の利益率、過去最悪を更新 医療経済実態調査を裏付け

記事:Japan Medicine
提供:じほう

【2008年1月16日】

 福祉医療機構(WAM)がまとめた2006年度医療機関の「経営分析参考指標」によると、一般病院(民間)の医業利益率は初めて1%を割るなど過去最悪を更新した。7%前後で安定していた療養型病院の医業利益率も2ポイント以上落ち込んだ。看護職員らの増員によって人件費が膨らみ、収支を圧迫した。中医協の医療経済実態調査で明らかになった病院経営の厳しさがあらためて裏付けられた。

 06年度の一般病院(全病床に占める一般病床の割合が50%超)の医業利益率は0.8%で、前年度に比べて0.4ポイント落ち込んだ。診療報酬のマイナス3.16(本体1.36)%改定のあおりや、平均在院日数が短縮する一方で病床利用率が低下したことなどを受け、1床当たりの医業収入は前年より約50万円の減額となった。
  これに加え、7対1入院基本料の導入などの影響で看護師増員を迫られ、患者100人当たりの職員は2.7人増加。支出の人件費割合が50%を超え、経営を悪化させた。
  療養型病院(全病床に占める療養病床の割合が50%超)の医業利益率は、診療報酬本体が初めて引き下げられた02年度以降も7%前後で推移していたが、06年度は5.0%に悪化した。1病床当たりの医業収入が約30万円減となったほか、支出面では患者100人当たりの職員が0.8人増えた。さらに、職員1人当たりの給与が8万1000円増え、支出増の要因が重なった。
  本体0.38%増が決まった08年度診療報酬改定率の判断材料となった中医協の実調(昨年6月時点)では、国公立を除く一般病院(介護保険収入のある医療機関含む)の医業利益率は0.4%。療養病床60%以上で国公立を除く一般病院(同)の医業利益率は4.7%で、医業収入の中に介護保険収入も含めているWAMの一般病院、療養型病院の経営分析の傾向とほぼ重なる。

精神は実調とやや開き

 一方、精神科病院の医業利益率については、WAMの経営分析は4.1%であるのに対し、実調では1.8%(国公立除く、介護保険収入のある医療機関含む)とやや開きがある。1床当たりの医業収益はいずれも微増傾向にあるが、人件費割合はWAMが59.2%であるのに対し、実調は64.1%であるなど、支出面の傾向が異なる。
  WAMによると、06年度の赤字病院の割合は、一般病院が41.1%、療養型病院が25.8%、精神科病院が21.4%で、精神科を除き過去最悪となった。

Copyright (C) 2008 株式会社じほう
---------(引用ここまで)-----------------

2008/01/17

    1995.1.17 阪神・淡路大震災 午前5時46分。

今朝は早朝4時頃に目が覚めた。関係があるかどうかは解らない。

年に何度か思い出すあの時の感覚、一度文字にしておかなければと思う。

当時医学部の6年生.前年の暮れにかけて卒業試験はすべて終わり、3月(確か)の医師国家試験にむけての勉強だけやっていれば良かった。両親と家族は新開地駅近くの祖父母の建てた家に住んでいた。僕は、医学部により近いこと、長男の特権や大学生であることを理由に、そこから歩いて15分ぐらいのところにある、地元では結構有名な商店街の一角で、祖父が営んでいた洋品店(当時はもう閉めており、一階は父の資材置き場となっていた)の2階に都合の良い一人暮らし(食事選択、風呂は両親の所で済ませていた)をしていた。
前日の日中は、そこで彼女(今の奥さん)と過ごしていたような気がする。午後に小さな地震があって、「珍しい」と話していたのを覚えている。
あの時の感覚は言葉にするのは難しいが、体が完全に覚えている。脳細胞も,神経も皮膚も全部当時とは入れ替わっているはずなのに,体が感覚を正確に再現することができる.あの地震は横揺れではなく縦揺れだった。大男がいるとしたら、自分の家を小さな菓子箱のように持ち上げて、縦に思いきり振った、その中に自分が寝ていたという表現しかできない。朝方、突然大きな縦揺れがあって、目が覚めて、何が何だか解らず布団に潜って小さくなっていたらそのうち、たくさんの医学書が自分のこもっている布団の上にバタバタと落ちてくるのを感じ、それが止まったと思ったら、すぐに外で救急車のサイレンと女の人だか、子どもだかの悲鳴のような、家族を呼ぶような声が聞こえ始めた。布団から出て、散らばった医学書の下にあるはずの枕元の眼鏡を暗やみの中で探し、木造の部屋の様子を見渡して、ひし形になったふすまを見てようやく地震があったのだと理解した。窓から外を眺めると斜め向かいの薬局が倒壊、少し遠目に火の手が上がっているのが見えた。このあたりの正確な順序は覚えていない。
とりあえず家族の安否確認が先だと思い、支度をしてすぐに外へ出た。もともと商店だったので外に出るのはシャッターを開ける必要があったのだが、当然枠がゆがんでいて簡単に上がらないのを体一つ抜けられる分だけ無理やりこじ開けて出た。徒歩で15分ほどの距離、とにかく早く家族の安否、と思い(なぜか電話をかけることは思いつかなかった、体を動かした方が早かったのだろう、当時はまだ携帯電話も、インターネットすらまだ一般的なものではなかった)速足であるいたが、周りは多くの倒壊した家、小さな火の手があちこちに。(いろいろと当時のひどさは写真や話として残っているが、現在報道される紛争地の状況と比べると大したことはない)救急車のサイレンと家族を呼ぶ声はこの時に聞いたのかも知れない。
実家は後に大黒柱がダメージを受けているという理由だけで倒壊していないのに「全壊」の判定を受け、建て直すことになるのだが、玄関の飾りガラスが割れているぐらいで、家族は健在であった。そのときの家族の表情や、交わした言葉も覚えていない。誰も死傷者が出なかったからなのかも知れないが、家族に1人として悲嘆するものはなく、淡々と割れた食器やガラスを外に出して住居の安全確保にいそしんだ。こちらからかけたか、向こうからかは覚えていないが、その内、彼女と電話で繋がって(彼女も西宮なので体験はしているが、建物に損害は出なかった)、お互いの安否確認をした。
それからは、一般的な復興のプロセスである。

ただ、当日か、すごく早い時期に、自分の良く見慣れた風景がどうなったか足を棒にして歩き回って、自分の目で確認し、写真を撮って回った。好奇心ではない。何となくそうせずにはおれなかった。しっかりとその瞬間を「切り取る」作業.
元の生活に戻るまでにどのぐらいかかった、とか、それまでどうやって寝食を過ごしたかはあまり覚えていない。
被災地で復興の生活の中今でも良く思い出すのはここまでに書いた、発生から数時間までのこととあと2つ。

1つは、その後長い間お風呂に入れなくて、いつごろからか神戸の港から、対岸の大阪のミナミにむかって船が出ていたので、(陸路は回復していなかった)1週間から10日に1回、その船で、銭湯までいったこと。なぜかあのとき入ったお風呂のことはよく覚えている.

もう一つは、数日経ってから、はっと「自分は医者の卵だ」ということに気づき何か出来ることがないか、と大学病院へいってはみたものの、異様な程大学病院はいつも通り淡々としていて、医師免許のない自分にはベッドを押すことぐらいしかなく、何となく居心地が悪くなってすぐに戻ってきたこと。「今自分に出来るのは一発で医師国家試験に受かって、早く社会貢献できる能力を身につけること」という理由を無理やりのようにつけて、遊ぶ場所もなくなったことも都合よく、ひたすら受験勉強をした。生死を分ける病状で、医学的な介入が必要な人はその当日数時間以内の対応でなければ救命できない、それ以外の人は事故発生当時に即死か、命には別状のない人が残るだけなので、多くの人手が必要なのはその日、特に数時間である、ということは今思えば、当然のことなのだが、やっぱり、当事者としては、まず自分、そして家族、数日してから回りの人、という順序にしかなりえなかった。

今の自分であれば、自分、家族の安全確保が出来たらすぐに、自転車で自分のクリニックへ向かい、その途中の家々で出来る応急処置をする、という対応になるのではないかと思うが。。
被災したのは自分が生まれ育った場所である.隣のてんぷらやのおばあちゃん、向かいの電気屋の人、隣のおすし屋さん、2件となりの服屋さん、商店街は自分の遊び場であり、数件先の駄菓子屋のおばあちゃんも当然顔見知りである。なぜあの時そういった人たちの顔が一切頭をよぎらなかったのか、実家にむけて歩き出す前に周りの人たち(良く顔を見知った人たち)の安否確認が出来なかったのか。その説明は未だに出来ない.所詮その程度の人付き合いだったのか.きっと今ならできるような気がする.

国家試験合格と共に,僕はその年25年すごした神戸を去りその後今日までは戻っても,数日だけである.

個人的にはその震災で軽音楽部の後輩を一人失い,関係があるかどうか分からないがその1ヶ月以内に自分の名字がつけられた疾患を持つ(Crow‐Fukase症候群)膠原病の深瀬先生が過労だか心筋梗塞で亡くなった.これは震災死となるのだろうか.彼女は芦屋で幼稚園の先生をしていたが,確か生徒のご家族が亡くなったのではなかったかと思う.家屋が倒壊してその中でなくなったのは,統計などは見ていないが圧倒的に,安普請の建物に住む,学生や経済的に虐げられた人達である.ここにも「地獄の沙汰は金次第」のルールがまかり通る.

死んだのは大ざっぱに6000人(これは先述の深瀬先生や,その後ローンが残ったまま住居を亡くして途方に暮れて何週間も経ってから自殺した職のない高齢者などはおそらく含まない).約150万の神戸市(仮に120万人)として,200人に一人が亡くなった勘定である.

自分にはたくさんの医学書が降ってきただけで済んだ.その本が収められていた本棚は大きな物だったが,床の間に入れ込んでいたために,枕元の頭の上にあったにもかかわらず,床の間と部屋を隔てる梁のおかげで,傾いたままそこに引っかかり,自分の体に倒れてくることはなかった.

単に確率論なのか,そこに何らかの「大いなる意志」が働いたのかは分からないが結果として自分は生き延びた.
「単に運が良かった」とするか「自分は生かされた」「未だこの世でやるべきことが終わっていないから」とするかの解釈はそれぞれの脳が,そしてそれぞれの意志が決めることである.

人間は偶然起こったことに対して「何らかの意味を求める」存在である.

そして僕は,そこで何かによって「生かされた」のだと思う.

仮に全てが確率論的に起きるのだとしても,今南房総の地で,現在のスタッフで今の仕事をしていることが奇跡的な確率の中で起きているはずなのだ.あのときxxが起こらなかったら,yyがあったとしたら,変わりにzzという決断をしていたら...

本当に毎日奇跡は起こっているのだと思う.だからその瞬間,そのとき時に体験し,感じたことを「切りとら」なければもったいないと考えるようになり,blogを書くことが苦にならなくなった.

僕にとって,あの日までの自分に戻ることは不可能である.「何か」が変わったのである.

高校,大学と共にした友人にとってもそうだったに違いない.彼の

とにかく、一月というのは新年や誕生日を祝うというよりは、「1.17」が楔のように体に刺さっているようです。


という表現は何となく分かるような気がする.

そして誰にもそんな,人生を変える出来事,瞬間があるはずで,親しい人の間でそういう話をしなくなった最近の人付き合いは少し残念でもある.

もう一つ震災のがれきの中で考えたこと.これは同じく被災した彼女と一緒に深く納得したことなのだが,

「人間死んでしまえば,残された所有物はただのゴミでしかない」

ということ.それから,僕たち夫婦は本当に物にこだわらなくなった.(最近,また物欲が出てきて困っているが)

昨年後半に僕は「人生の価値観」についての棚卸しをやったが,そこで分かったのは,自分が最も大切にしている価値観は「この世に生きていることの喜び」だった.

自分が医師をやるわけはできるだけ多くの人に「この世に生きていることの喜び」を謳歌してもらうためだと何となく気づいた.だから,それを妨げる体や心の病を取り除いたり,軽くしたり,うまくつきあえるようなお手伝いをする.

「この世に生きていることの喜び」をいつ,何をしているときに感じられるかは人によって違うだろう.それは何だって良い.できるだけ多くの人が,長い間それぞれにとっての「この世に生きていることの喜び」が感じられる瞬間を得られるようになればと思う.

そうしたことを何十年も何百年も,続けられていくためには環境のことや戦争に反対したり,それぞれがちょっとずつ「目の前の安易な選択肢」ではない選択をしていかなければならないのだろう.

自分は留学中に例の「9.11」も身近に体験している.
こういった話を書くのは同情や共感が欲しいからではない,生きたくても様々な理由で生きられない人がいる.だからこそ,生きられる間は,その人達の分まで「精一杯生きる」のが我々の役目ではないかと伝えたいから.

「震災から何年」という報道を聞く度に,その数字がそのまま「医師になって何年」である僕にとっては,少しは当時より周りのことが気にかけられるようになっただろうかと,自分の立ち位置を確認する震災の日なのです.



文章を今年は短くすると決めた物の,なかなかうまくいきません.

2008/01/14

    透析患者のケア

今日は祝日であるが透析当番。透析の患者さんに休みも正月もお盆もない。
自分の復習として、ガイドラインを読み直す、折角だからまとめる。いかが、とりあえずの作品
docsには番号や箇条書きが入って、見やすいのだが、c/pにて消失。
現在透析導入の原因疾患の一位が糖尿病であること。聞き耳であるが様々の理由により日本全体の血液透析の患者数はEUのそれと同じであること、やっぱりmultimorbidityの患者さんが多いし、週2,3回通う以上、近くである必要があるし、透析日はなかなか他院を受診する余裕も時間もないので、「ここでは腎臓しか見ません」という施設より、何でも見てくれる方がよいはず。というわけでgeneralistが透析患者のケアをするのは全身の血管を痛める糖尿病を代表とする生活習慣病の管理と基本的理念において変わらない視点で透析導入前からずっと継続して診る(勿論透析に特異的な管理指標はあるが)という意味で、非常におもしろい領域ではないかと思う。(すっかり洗脳されてしまった)
まあ、generalistとしてのケアできる範囲が拡がるにこしたことはない。

現況
透析患者 25万人
人口100万人あたり2017人 (1000人あたり2人という事で、white/greenの論文と比べると、大病院に入院する患者の頻度と同じかその倍)
1500のカルテを持つ標準的な日本の開業医では約6000人の地域をカバーしている計算なので、透析患者さんは12人の計算
導入後1年生存率88.4%
5年 63.1%
10年 40.7%
15年 28.9%
20年 23.2%

個人的に興味深いのは、透析の患者さんはフォローがとぎれることがないので、(自分の施設でなくても必ずどこかで透析を受ける)、血液データなども含め、長期的に詳細な疫学データが得られることである。結果

図説 我が国の慢性透析療法の現況(2006)

に示されるように詳細な、データ(特に生命予後に影響を与える因子)が日本人のものとして得られており、そのため、エキスパートオピニオンではなく(それも重要だが)、data-basedで日本独自の管理目標値が設定されている。Hgbの管理目標やintactPHTのそれは欧米よりも低く設定されており、その根拠も明確に示されている。

日本の透析患者さんの死亡リスクはDOPPSによると欧州の1/3、米国の1/5。

使用は各個人の責任で。
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透析回診用メモ


ルーチンで診るもの


1.透析効率
透析直後はBUNリバウンドを考慮しない為過大評価となるが、ガイドラインはこれを用いているKt/Vspと表現
日本の平均は1.34
Kt/V 1/0-1.2を標準とした場合 1.6までは死亡リスクの減少 RR0.65程度、1.0未満はリスク増大1.3程度
透析時間は4.5時間までは長い方が予後がよい Kt/V透析時間は独立した予後規定因子(DOPPS)
2.体液
血圧、尿量、体重
3.貧血 「慢性血液透析患者における腎性貧血治療のガイドライン」JSDT, 2004
目標 週初め(中2日)の透析前の採血でHgb 10-11,(Hct30-33)
皮下注により静注の30-38%減できる
1回あたり静注1500-3000単位 週3回 週あたりHgb0.3-0.4g・dL(Hct1%)の上昇速度を超えない
4週後Hgb上昇度1g/dL未満(Hct3%)の場合、静注1回3000単位週3回を継続
4週で上記の上昇度を得られない場合はrHuEPO抵抗性として原因検索を(ガイドライン)
若年者は高めの目標
rHuEPOの副作用としては高血圧、血栓塞栓症、赤芽球癆などがあるこれらの出現には注意すべきで
ある
鉄欠乏の診断基準 TSAT<=20%, ferritin<=100,
投与 透析終了時に透析回路よりゆっくり静注(コンドロイチン硫酸鉄鉄コロイド40mg など)、毎透析ごとに計13回、もしくは週1回3ヶ月、投与終了2週後に採血で再評価
TSAT:トランスフェリン飽和度
TSAT(%)=〔血清鉄(μg/dL)×/総鉄結合能(TIBC)(μg/dL)〕×100
4.Ca,P 透析患者における二次性副甲状腺機能亢進症治療ガイドライン
アウトカムを生命予後とした場合血清P 血清Ca 血清PTH の順で寄与度が高い
低アルブミン(Alb)血症(4g/dL 未満)のある場合は必ず補正値を用いる
Payneの式:補正Ca(mg/dL)=実測Ca+(4-Alb)
P,Caの濃度をすべてに優先 P 3.5-6.0mg/dL, Ca 8.4-10.0mg/dL
高Ca血症では活性型ビタミンD と炭酸カルシウム減量中止高P 血症ではP 吸着薬の増量と活性型ビタミンD 減量中止を図る ガイドラインの図がわかりやすい
これが達成されている場合のみintactPTHを60-180pg/mLに(下限はオピニオン) 第3世代測定系換算で(35-106)低値に対しての介入はあまり書かれていない
治療抵抗性は早めにインターベンションに(PEITなど)
付記
K/DOQIとの目標は若干違う CaP<55はJSDTでは何も言われていない 日本ではPTHをより低めに(K/DOQIでは150-300)
CKD-MBD 検査値の異常、骨の異常、軟部組織の石灰化の3つ
骨代謝マーカーとしてはALP
トータルのカルシウム負荷(炭酸カルシウム)は1日3gまで
リンの食事指導は1位日700mg以下


定期診察で診るもの(上記に加えて)

サマリーシートへの指導医の書き込み
CTR
Kt/V 透析直後はBUNリバウンドを考慮しない為過大評価となるが、ガイドラインはこれを用いているKt/Vspと表現
DW
処方
オーダー (XP, EKG)
採血入力
定期心エコー、腹部エコー
プロブレムリストのupdate (health maintenanceも忘れずに)
サマリーページの印刷 回診用カルテに


アイデア

QIとしては Hgb Ca, P, PTH

3522例では 35.5% Ca,P共に管理目標 



付記、メモ

K/DOQI

KDIGO Kidney Disease Improving Global Outcomes 2003設立 2008年にガイドラインが出る予定

CKD-MBD Chronic Kidney Disease-Mineral and Bone Disorder



DOPPSによると日本の透析患者の死亡リスクは欧州の1/3、米国の1/5



日本の文献で年齢、性別、原疾患、Kt/V尿素、体重減少率で補正しても Hct30-33が最も5年生存率が低値 (27-30は有意差なし)それ以外はRRが高くなる

NKF-KQDIの推奨はHbg>=11 (かつては33-36% 坐位採血)

透析患者は年間2gの鉄を喪失する(採血、回路内残血など)



1) HD 患者に対するrHuEPO療法の目標Hb値(Ht 値)は週初め(前透析2日後)のHD 前の臥位採血に
よる値でHb値10~11g/dL(Ht 値30~33%)を推奨する
2) rHuEPOの投与開始基準は腎性貧血と診断され複数回の検査でHb値10g/dL(Ht 値30%)未満となっ
た時点とする
3) 但し活動性の高い比較的若年者では維持Hb値11~12g/dL(Ht 値33~36%)を推奨するまたrHuEPO
投与開始基準として複数回の検査でHb値11g/dL(Ht 値33%)未満となった時点とする



現実に遭遇するEPO抵抗性の多くは鉄欠乏による鉄欠乏がない場合はその他の抵抗性の原因を検索す
べきであるなかでも抗EPO抗体の出現による赤芽球癆は最も深刻な合併症である
鉄以外の造血に対する必須成分が欠乏することでもEPOの効果が減弱する場合が知られている



P >7で1年予後、>5で3年予後の高い死亡リスク

Ca>10.0で1年予後、3年予後共に高い死亡リスク 低い方は死亡リスクとは関係ない

日本透析医学会
統計調査委員会において日本人のデータベースを新たに解析した結果によればintact PTH 値が180
pg/mL 未満であった患者群は180pg/mL<intact PTH<360pg/mL に設定した標準群よりも1年死
亡率が統計学的に有意に低いことが判明した3年死亡率で比較すると標準群よりも統計学的に有意に
低かったのは30pg/mL<intact PTH<120pg/mL の患者群であった同様な検討を補正因子を変え
たりintact PTH 値の区切りを変えたりして繰り返してみるとそれぞれの死亡率が60pg/mL<
intact PTH<120pg/mL を最小とする緩やかなJ 型曲線を描くことが再現性をもって確認された本
ガイドラインではこの事実を踏まえた上従来の管理目標からの移行の容易さ適応の容易さなどを
考慮して60pg/mL<intact PTH<180pg/mL を末期腎不全患者におけるPTH の目標範囲に設定し
たただし統計学的に有意ではあっても死亡率のハザード比は標準群に対して最小でも0.83であり
その差が決定的に大きいとはいえなかった

透析療法ネクスト VI
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関連リンクはここ

    あなたの幸せは、私の幸せでもあるのです。 (blog紹介)

本名を公開してのブログ 八藤 英典氏。

私自身が本名を公開してblogをすることに踏み切った理由は下記の梅田望夫氏『フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656)』にある。はっきりした文言は忘れたが茂木健一郎氏との対談のなかで、本名を出してのblogが「究極の他流試合」であり、たとえ本名を出すとしてもmixiなどの閉ざされたSNSでは甘い、という表現をしていた事による。

八藤 氏がいつ誰に影響されたのかはわからないが本名で全世界(日本語なので少なくとも日本中)を相手に自分(少なくとも自分の一部)を暴露する決断をし、それを続けていることは大変な勇気のいることである。そのvolunteerismは同志として敬意を表したい。

彼との交流はかれこれ、6年前ぐらいになる。フェロー最終学年の時に、藤沼康樹氏に北部東京家庭医療学センター招いて頂いたときに、学生として研修に来ていた。なぜかそのときの出会いはよく覚えている。同じ時期にそこに研修に来ていた某氏は気がついたら整形外科に進んでいた。家庭医の気持ちをわかる専門医でいてくれるといいのだが。

とにかく、八藤 氏は家庭医を目指して初期、後期研修と進んだ為に、その後あちこちの家庭医の集まりで顔を合わせ、近況報告をしあいながら、最近指導医となり、昨年度のHANDSにも参加してくれ、今年はスタッフとして手伝ってくれている。そこでフェローの外来指導の風景をビデオに撮ってきてもらい皆でフィードバックをしあうのだが、非常に原則に則った、カツ、その場に適切な洞察の深いコメントをしてくれる。指導の経験が十分あることがよくわかる。

所属する組織でも大きな責任を前向きに引き受け頑張っている。これからますます楽しみな輩である。そして彼が今の居場所で、幸せに、元気にやっていること。それこそが私にとって「あなたの幸せは、私の幸せでもあるのです。」

フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656)
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    はんなりMSU留学体験記(Blog紹介)

昨年2007年の前半4-5ヶ月KFCTに短期研修に来て下さっていたchisatoさん(写真で誰か知っている人はわかるが、blogでは本名を公表していないので)のblog。
ミシガン州立大学でいろいろ見て回っている米国の家庭医療とその育成についてのレポートが載せられている。

臨床留学(レジデンシーなど)は一概に向き、不向きがあるので全員に勧めるわけではないが、短期の見学はすべての人が行くとよいと思う。それは自分を相対化して、客観的に見るには外から眺めるしかないからである。

彼と一緒に働いた数ヶ月の彼の印象と、blogの記載を比べると、他の個人的に知っている人についても同じだが、彼も口べたな印象がある。(というか私がしゃべりすぎて、彼が聞き上手なだけかもしれないが)

たとえ短期間であっても、私との対話、KFCTでの経験(臨床、同僚との交流など)が何らかの形でそれぞれの皆さんの糧となれば、それが何より。


1/8のentryで記述されるDr. Munroの診療は一人あたりの診療時間や診療時間の長さなどは日本の開業医とよくにている。

見学を中心とする留学、(勿論実際にやる『レジデンシー』でも)での本当の挑戦は帰国後から始まる。いかに日本でそれらの体験から日本で取り入れるべきものを実際に取り入れ、現場を変えていくか。

それが出来ないと、頭ばっかり大きくなって、海外にはこんないいことがあるというのと日本にそれがないこととのギャップでストレスはたまるし、自分は気をつけていても、周りからすると「海外かぶれ」で「~ではこうだ」と「ではの神に」なってしまうし、何も知らずに日本式のこれまでのやり方をやっていたときの方がよかった。ということになってしまう。

そのためには、日本に戻る前に、「新しく学んだことをいかに現場に落とし込むか」について、具体的な行動計画を書いておく必要がある。これは、学会や研修セミナーについても同じ事。

研修に行っても現場が変わらないことの一つの大きな理由として、研修終了時までに現場での行動計画が具体的でない、という事がある。(以下の本に詳しく)

効果10倍の“教える”技術―授業から企業研修まで (PHP新書)
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chisatoさん、帰国後どうするか、いま考えて下さいね。