2008/06/23

    日本初!かかりつけ医を探すガイド 日本の家庭医1435人

表題のタイトルで,AERAの増刊号が本日付で発刊となった.

本誌でも何度か連載をされた特集であるが,そこから大幅に情報を追加した形である.

日本初!かかりつけ医を探すガイド  日本の家庭医1435人
定価:680円(税込) 発売日:2008年6月23日 A4変判 228ページ アエラ臨時増刊(2008/07/05)


嬉しいことに,名前を載せて頂いた.他者の評価は関係ないといいつつも小市民の私は,家庭医を名乗る立場として,やはり推薦がもらえたことはうれしい(またほっとした)

だいぶ前に,診療科目などの聞き取り調査があったので,推薦があったことは知っていた(推薦がないと載せてもらえない)が,誰からの推薦かは発刊まで教えてもらえなかった.なので,ずっと,誰の推薦なのか想像を巡らせていた.

今日妻に慌てて買ってきてもらって,本誌を手に,ようやく,本の趣旨などがわかった.
誰が推薦をしたか:地域中核病院の院長や,診療科長,大学の教授など
私を推薦してくれた人,本院の主要な立場にある人3名.

ずっと誰が想像してくれたのかを考えていた都合,正直少しがっかりした.誰が紹介をするのかも知らなかったので,同業者(家庭医)が紹介してくれるのだと思っていたから.まったく事前のやりとりはなかったにせよ,見る人によってはやらせや,内輪と取られても仕方ないから.

しかし本当の意味で,我々の仕事の中身を知った上で推薦できるのは,
1)同業の家庭医ではない.グループ診療で同じ診療所やグループでやらない限りお互いの診療録を見ることすらないのだから.多くの家庭医を友人,知り合いに持ち,学会や,ワークショップで共に仕事をするが,医師としての彼らの仕事ぶりや診療録を見たことはない.普段のやりとりから,人柄とコミュニケーション能力はわかるので,そこから,「患者さんと接するときはこうなのかな」と想像をするしかない.診療の医学的なレベル,質についてはわからないとしかいえない.
診察室の中と外で人が変わる医師もいますから ...

2)患者さんが家庭医の質を見極められるか. yesでありno. 家庭医は自ら名乗るのではなく,患者さんに「私の家庭医」と呼んでもらって初めて家庭医という言葉がある.医療は患者さんに評価されなければという意味ではyes.しかし,医療の質はそれなりでも,人当たりのいい医師が非常に受けるということはある.また,その地域での医師と住民の需給バランスで医師の相対的に少ないところは受診者数が多い.だから,受診者数のランキングで質の指標とは出来ない.また「この医師はすばらしい」と例えば5段階評価の最高ランクをつけた患者の多い医院ということでも,母集団が多ければそれだけ,多くの評価は得られる可能性があるのでダメ.あり得るとすれば,受診者数を分母として,最高ランクをつける患者の割合.これなら,一つの患者の視点からの家庭医の質として成立し得る.
しかし,医学的に細かいことのわからない一般の方々に医療レベルの細かい違いは見分けられない.

(これは一般的にどの分野でも,中にいる人たちがこだわっているほどの,また気づけるほどの小さな差異は外部のものにはたいしたことはない,また見えないことが多い,といわれている.車の整備の腕の違いがわかる人がどのぐらいいるだろう)

3)ということで,家庭医の医学的な質について最もよく見ることの出来る立場にある人たちが,紹介状のやりとりをする,中核病院や臓器疾患専門医なのだ.紹介状の記載内容やそのタイミングそして,家庭医が診ていた患者さんを引き受けて診療する場合は,直接患者さんからのその家庭医の評価も得ることがあり,一般の人からの評価も,医学的な評価も下す事が出来る.

そういう意味で,本当の意味で医学的内容も患者さんの評判も含めて評価できるのはその家庭医の診療圏で頻繁にやりとりをしている中核病院の医師,当然知り合い,ということになる.内輪といわれても,そうするしかないかもしれないのである.

ただこのやり方には,大きな問題が残る.中核病院が近くにない家庭医,また,本当に力のある家庭医で,大きな病気は全て未然に防いでしまい,完全にその家庭医のところで医療が完結してしまう場合.中核病院との患者や紹介のやりとりは起きないので,そこでどのような医療が行われているかについては,良くも悪くも見えないのである.(推薦に値するかどうかを判断する情報すら得られない)

「何でも全て診る」を地で行く,本当のスーパー家庭医であればあるほど,この方法では推薦されないというジレンマが起きる.

また,家庭医療もれっきとした専門分野,循環器の医師が泌尿器の医師の質を評価できるか,というのと同じ問題は起こる.これも一部yes一部noであろう.

ということで,最初は無理と書いたが,最近はやりの「有名料理人が通うレストラン」といった本のように,「家庭医自身が通う家庭医」というのが一番正しい評価になるのではないかと思う.勿論距離の問題があり,「実際にかかっている」事を前提にすると,首都圏の医師が上位に挙がることになるのだが.一方で,「家庭医自身が通いたい家庭医」とすると,1)と同じ事になり,必ずしも医療の質を見ていない事になる.

そうすると,地理的な問題がないとしたら自分が家庭医としてかかりたいのは.....と考えたときに,いろいろな人の顔が思い浮かぶ.でもそれは前述の1)に過ぎない.普段の医師患者関係ではないつきあいからの想像でしかない.


やっぱりかかってみなければわからない.

これが家庭医の善し悪しを見分ける本当の方法.ガイドはガイドでしかない.家庭医の質の担保と主張のため,チェックリストや質の判断基準を作る必要はある(絶対に).しかし,それは必要条件であり,十分条件ではない.

なんだか月並みな結論になってしまった.



ざっと本を眺めると
自分以外に25人のよく知った人たちの名前が並ぶ,そして,推薦者の名前も「さもありなん」.しかし,(その診療は見たことないが,想像するに)もっと,そこに名前が並んでしかるべき何倍もの数の家庭医を知っている.そしてその人達は3)で書いたような「本当のスーパー家庭医」だから名前が挙がらなかっただけなのかもしれない.

医療の質の評価は本当に難しい.

本に関して.
途中で,膝の名医が出てきたり,後半で内視鏡の名医のリストがあったり,最後には医療機関の広告がいっぱいあったりで編集の一貫性や,評価の中立性に非常に頭をかしげたくなる部分も多い.また,「家庭医療」という標榜が出来ない以上,その包括性を表すために多くの標榜を挙げているところもあるのだが,リスト掲載の際に「主要3科」と限定されてしまっているのが残念.

個人的に,大事だと考えて取り組んでいる生活習慣病に大きく関わる内分泌内科の部長の推薦は意外でもあり,大変嬉しかった.そして,院長の推薦文は本当に私の仕事をよく見ている事が伝わる文章.リーダーの鏡.


推薦に恥じないようにまた頑張るしかないなという結論になりました.(またハードルがあがってしまった...)


医療の質の評価は本当に難しい.

1 コメント:

まゆみ さんのコメント...

こんにちは、KMaCS寺田です。
医療の質の評価、確かに難しいですよね。
それが、普段の生活ぶりの把握から、大病をしたときの対処まで期待される家庭医となると、その時々で患者側の気持ちや求めるものも変わってきそうだし、なおさら難しいのかなと思います。
でも近くに信頼できる先生がいたらな~と今すごく思います。千葉へ越してきて7年、病院も行ったことないのに、胸にしこりが見つかり、検査の過程で子宮筋腫と、頭にも良性腫瘍が見つかって、ずっと健康だっただけにパニックでした。「伴走」してくださる家庭医の先生がいたら、どれだけ心強かったことか。
幸い今は元気ですが、これから年を取っていけば、さらにいろいろ出てくることは必須。かかりつけの先生を捜さないといけませんね。

患者側としては、スーパー家庭医の先生がそばにいたらという思いもある一方で、お話をうかがっていて家庭医の重要性がわかってくると、「ある一定の基準を満たした信頼できる家庭医の先生が全国にいっぱい」の状態をつくるべきじゃないかとも思えてきます。
ただ、乳腺外科や泌尿器科など個別の診療科の専門医に比べて、家庭医の場合は「一定の基準」を作ることそのものが難しかったりするのでしょうか。