2008/07/09

    芸人と芸術家の違い(goods, service, experience)

Z という雑誌 2008年 3月号 p114 violinist 吉田恭子氏の インタビューより

ある映画監督がおっしゃっていたことに「芸人はその人が望むものを望んだ分だけ与えてくれる.芸術家は,その人が一生で一度も望まなかった何かを与えてくれる.でもその何かとは,それを知ってしまったが故に,それ以降はほしくてたまらなくなる何かだ」


この映画監督が誰かわからないし,その人の引用をした人の引用で恐縮だが,良い言葉はよい言葉.

この言葉は顕在的ニーズと潜在的ニーズと置き換えることが出来る.「その人が一生で一度も望まなかった何か,かつその後はほしくてたまらなくなる」本人は自分にとって必要と気づいていないが提示されると,「ああそれほしかったの」ということは潜在的ニーズ

僕が良く例に出すのはカメラ付き携帯.だれも「わざわざ画質の悪いカメラ機能を携帯に付けなくても」と思ったはずだが,そう思った自分でさえ,「あっ」と思った瞬間にデジカメの手持ちがなければ携帯を構えている.古くはポータブルミュージックプレーヤー(ウ○ークマン).あれも戦略的に人の潜在的ニーズを掘り起こした物だ.

ビジネスの世界では言い換えると「提案型マーケティング」.今まで考えたこともなかった人に,「こんな商品のある生活,想像してみては」「こんなレジャーをしている自分をイメージして」など.

家庭医の提供する医療などいらない,専門家がいるのでいらない,家庭医の提供するマタニティケアなどあり得ない,誰も必要といっていない
などは顕在的ニーズに基づいたコメント(もはやそうでもなくなってきているが)

「ほとんどの人が一生で一度も望まなかった」ものは,おそらく見たことも聞いたことも体験したこともない物.だから選択肢に挙がらない.それが目の前に提示され,それから,自分がそれを利用する事を想像してみる.実際に利用してみる.それで初めて,「自分には必要だったんだ」か「やっぱりいらない」かの判断が下る.

日本のほとんどの場所で,ほとんどの住民が比較的簡単に良質な家庭医の医療を受けられる状態になるまで(つまりほとんどの人に「家庭医のお試し」が出来るという提案がされるまで),本当に家庭医療が不要かどうかは結論づけることが出来ない.良質の家庭医療がどこでも手軽に手に入るぐらい家庭が増えたところで「家庭医不要論」が出たら,きっとあきらめざるを得ないのではないかと思う.それまでは,潜在的ニーズがあると信じて.

再度,もともとの引用にもどる(芸人と芸術家)
芸人の提供する物はパフォーマンス,芸術家の提供するものは感動と言える.

芸術家を広い意味でとらえたら「大笑いしておしまい」が芸人.大笑いしてその後に「あの笑わせ方すごい」「なんかわからんけど今のすごい」あとあとまで「いついつの誰それの芸(パフォーマンス)というのが芸術家レベル.そう言う意味で,上野公園にいる休日の大道芸人の中にも芸術家はいる.

指導医養成の場で時々,[goods(商品), service, experience]の話をする.これはNeil Whitmanの教え.
この順に教育の長期的残存効果は高くなるからexperienceとしての教育を目指せ.ということ.

珈琲が飲みたいから自販機で缶コーヒーを買う(goods)
店内で,珈琲をその場で抽出してもらって飲む.(service)
空調の効いた,良い音楽の流れる店内で,本を読みながら珈琲を飲む(service/experience微妙)
有名バリスタのいるお店で珈琲を飲むという一連の体験をする(experience)

メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトが聞きたいからCDやダウンロードで聴く(goods)
メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトがどうしても生で聴きたくなって,一番直近の,一番近くのホールでの演奏会へ出かける(service)
どうしてもXXXX(あなたのお気に入りのviolinisit)のメンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトがどうしても生で聴きたくなって,(もしくはXXXXホールで聴きたくなって)何年も前から貯金して大枚はたいて,大切な人とおめかしをして出かける(experience)

いつまでの記憶に残るのはどれだろうか.

感情が動くと長期的記憶に残る.大脳生理学的にそうだ.(Kolb's learning cycle)
指導医養成講習会で多くの人は「自分もしかられたことは忘れない,しかることも必要ではないか」という.確かにしかられると感情が動くから記憶に残る.陰性な感情と一緒に.必要なのはしかることではなく,感動させること「あっそうか!」と思わせること.おもしろいと思わせること.笑わせること.

他人に陰性の感情を抱かせるのは簡単.必要なときに感動させる,笑わせるのはずっと難しい.
しかるという形で記憶に残す教育は他のやり方を知らない(出来ない)ひとの,一番安易な教育法.副作用の多い.

goods levelではなく,experience levelの医療,教育をするということは自分以外では代替えがきかない存在になる,ということ.「スタイルを持つ」ということ.indispensableであること.コモディティ化することとの正反対.最も高価値であり,得難くなる,ということ.

しかし出来るだけ多くの人に届けようとすると,その逆をいかなければならない.コモディティ化.やすく,均質で,手に入りやすい,マニュアル化された物.

それを目指せば目指すほど,「自分でなくても良い」事になるというジレンマを抱えることになる.

ある本「コンサルタントの秘密」ではブルーベリージャムの法則,と呼んでいるようだ.(一定量のジャムを広い面積に広げようとすればするほどそれぞれの場所は薄くなる.広げようとすればするほどそれぞれの場所での効果は薄くなるということ)(本は後述)

ところが,それも行き着くところへ行き着いて,規模がすごいことになるとまた急に別の意味でone and onlyになる.

以下は,白内障の事例で,眼内レンズという製品だが,これを徹底的にやすく現地で生産することで,先進国では単価100-150ドルなのに対し、3-4ドルを実現し,インドの多くの人を救ったという事例.ものはコモディティ化したが,その結果より多くの人に「再び光が戻る」という感動を提供したことでデイビッド・グリーン氏はone and onlyとなった.

思いやりの資本主義

goodsとexperience.量と質一般的には両立しないとされているが,その困難の先にindispensableなgoodsとしての家庭医療,指導医養成がある.

コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学
G.M.ワインバーグ, 木村 泉, ジェラルド・M・ワインバーグ
共立出版 ( 1990-12 )
ISBN: 9784320025370
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