2008/04/01

    やっぱりこれで良かったのだ??(かも)

最近読むようになったblog
ライフハックス心理学
医学部にはいると決めたときは脳外科医になろうと思っていた.医学生になって自分の適性やそれぞれの専門の仕事内容の本質がみえてきて,脳外科医になりたいのではなく脳の働きに興味があったのだということ,外科医は基本的に「構造」を扱う仕事であり直接,働き「機能」を扱う仕事ではないということ(機能を最適化するために構造が決まるので,構造を扱うことでもちろん機能を扱っていることになるのだが,一方で構造をかえることなく機能に介入することはできる.分子レベルで構造も変わっているのかもしれないが)などから,紆余曲折を経て家庭医と教育の仕事をしているが,結局人間は脳の働きによって人間たり得るので,しかも家庭としての仕事の多くは本人の行動や認知の変容であり,教育もしかりなので今やっていることは脳の働きを良く理解して効率よく効果的にその働きを良い方へかえる手助けをする仕事が割合として多い.そういう意味で医師になると決めたときから仕事の肩書きは別にして本質的なやりたいことを実現している.(この考え方の根底にあるのがキャリアアンカーという考え方.また別の機会に)

そのブログの最近のエントリー

私たちは雑務好きだ
から,


「脳」と「やる気」の関係において、「答えが見えている」ことに、「脳」は「やる気」を費やしたがります。書き進めてきたプログラムや文章は、自分が書き進めてきたので、これをどうすればより良くなるか、一目瞭然です。一目瞭然だと、「やる気」が沸くのです。
真っ白のエディタに、一文字目から入れていく作業は、多大な精神力が必要です。「脳」は、まだ海のものとも山のものともつかない、見通しの立たない仕事には「やる気」を回そうとしません。真っ白い(真っ黒い)画面を前にして、マンガを読んでいたりしたくなります。(ちなみに「マンガを読む」ことは「見通し」が明らかなので「やる気」が回ってくる)。

こうした時に、私たちはつい、「やる気」が出ない理由を誤解するのです。

そうかわかった!
これまでの構造が悪いから、先へ進めないのだ!

これは100%ウソではないのですが、80%以上は、ウソです。次のように考える方が本当です。私たちは、「創造的な仕事」(は、先が読めない)よりも、「雑用」(は、やり方が明らかに見える)を好むのです。


先日アメリカに行った時に、かの一流の研究者と同じような話をしていて「どうして雑用ばかりにかまけてしまうのか?」という話題になったときのことです。私のつまらない疑問を先生は一言で喝破してのけました。

「それは雑用は答えがわかっているからです!」


そこから更に孫引き
夢を実現するには、「緊急ではないもの」を「緊急」にする

雑用というのは、手間はかかるけれどもやり方はわかっている。それに対して重要なタスクはまだ答えが見えず、不安との戦いを強いられる分だけ、どうしても人間の心理はそれを後回しにしてしまうというわけです。

そうであるなら、

「この重要なタスクをしないと1年後の夢が実現しないよ!」

「この一歩を踏み出さないと人生に後悔するよ!」

こんなよい意味でのプレッシャーを自分に与えることで、安易にクリアできる雑用に傾いた針を、逆の方向に傾けないと、いくら遠大なビジョンがあっても、実現のための一歩も踏み出せないのかもしれません。



自分は何でもギリギリまで先延ばしにして最後のラストスパートで仕事をする人間である.(アドレナリンで仕事をする)
色々な仕事術や,タイムマネジメントの本や雑誌などで決まって書かれているのは,重要だけれど締め切りのないことをこつこつやりましょう.ということ.


でも,自分はなかなかそのやり方に移行できないけれど,今までのやり方でもいいような気がしてきた.

まあ,先のブログは本質的にはそういうことは書いていないのだけれど.

自分の見たいこと,聞きたいことを選択的に認知するのが脳というプロセッサーの特徴でもある.
今まで通り,自分らしく,でも少しずつ進化を.

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