2008/04/16

    Dale's Cone of Learning

これも以前のblogからの再掲(編集し直しています)

最近良く学び方等で引用される、




  • 聞いたことは、   10%

  • 見たことは、    15%

  • 聞いて見たときは、 20%

  • 話し合ったときは、 40%

  • 体験したときは、  80%

  • 教えたときは、   90%


記憶に残る学び方とは - *ListFreak




の数字。

Dale's cone of learning(もしくはDale's Cone of Experience)とよばれ、原典は

Dale, E. (1946, 1954, 1969). Audio-visual methods in teaching. New York: Dryden.

図はこのようにかかれることが多いです。

だが、
実はあの数字はでっち上げだという話.どこまで本当なのか.


People remember 10%, 20%...Oh Really? Monday, 01 May 2006 Will at Work Learning


上記サイトでDaleの1969年の第3版の中に出されている図を見ることが出来ます(数字は付記されていません)

私自身、講演等で、多用していた図でしたが、数字に根拠がないことを知ってからは使わなくなりました。
やはり引用する時は、原点に立ち返って自分で確認する必要性は今後も変らないのでしょう。

この問題へのもう一つの原因は少なくとも日本語の医学系論文での引用のルールにあります。
既に出版されている図やグラフをそのまま引用する場合は著作権者の承諾が必要なのですが、(断られることは少ないのですが)、多少改編する場合は出典の明記と「文献xxから著者により改編」と明記すれば著作権者に承諾が必要ないのです。当然incentiveとして改編した方が面倒な手間がないので、そうするわけですが、その際に引用者の恣意が入り込むわけです。

引用する場合はきちんと引用の原典を(読者が必要だと感じたら原典を参照できるように)
改編した場合はその旨を

最低限明記することが必要でしょう。


以下
http://www.internettourbus.com/arch/Dales_Cone_Drum_Corps-A072706.html
より

Dale's Cone of Nonesense
Audience: Educators, Librarians, and Trainers
Since many Tourbus riders are also educators or librarians, I thought I'd don my powder blue academic hood and share with you some interesting academic research. There is a concept in education called "Dale's Cone of Experience" that states that people generally remember:


10% of what they read
20% of what they hear
30% of what they see
50% of what they hear and see
70% of what they say or write
90% of what they as they do a thing
Often displayed graphically as a cone -- see http://teacherworld.com/dalescone.gif -- Dale's Cone has had a profound impact on the way we teach both children and adults.

And it is a complete and total fraud.

No, really. Will Thalheimer at Work-Learning Research delved into Dale's Cone and discovered that:

1. While Edgar Dale indeed did create a model of the
concreteness of various audio-visual material back in 1946, the model contained no numbers and no research was conducted to create the model. Dale's Cone was just a hunch, albeit an educated hunch, one that Dale warned shouldn't be taken too literally.

2. The percentages -- 'people generally remember 10% of what they
read' and so on -- were most likely added to Dale's Cone by an employee of the Mobil Oil company in the late 1960s. These percentages have since been discredited.

You can see Thalheimer's complete report online at

http://www.work-learning.com/chigraph.htm

It's an eye-opening read, especially if you're an educator, librarian or trainer. Let me also put in a plug for Thalheimer's blog at

http://www.willatworklearning.com/

While I've known about Thalheimer's investigation into Dale's Cone for a couple of years now, I've only recently discovered his blog. It contains a collection of "research-based commentary on learning, performance, and the industry thereof."


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    コトバの領収書、「庭園」としての人生、マルコビッチの穴

言葉の領収書.
以前のblogから再掲。
http://www.p-db.com/kotoba.html
http://cyblog.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=143
http://blogs.itmedia.co.jp/koji/2005/12/post_10cf.html
で見られます.発案者はプレジデンツ・データ・バンク株式会社の高橋礎(はじめ)社長。
実際に買うことも出来ます.まあ相手に自分のことを印象づけるために始めたようですが,一方で複写式なので自分のところにもいつ誰にあったか,誰からどのような言葉をもらったかの記録が残るので.良い振り返りに成るのではないでしょうか.

そして今回は
私を現在の組織に引っ張ってくれた卒後研修委員長のN先生
3月23日に頂きました

life is a garden,
not a road
we enter and exit
through the same gate
wandering,
where we go matters less
than what we notice
~ Bokonon ~
(The Lost Book)


N先生ありがとうございました。

人生は良く「旅」に例えられます。上記の詩にある、

we enter and exit
through the same gate


と同じように普段住み慣れた生活から出て、またそこに戻ってくるのが旅です。仕事の出張は別にして、自ら行きたいと計画するたびの目的はなんだろうか。
死ぬまでに一度xxxを見てみたい。という目的もあるだろうが、それは、見て何かを感じるからなのだろう。

where we go matters less
than what we notice


どこに行くかではなく、どんなことに気づき、どんなことを感じるかの方が重要。

最近文献を調べ直した限りでは、今の所は死なない人はいない。すべての人は生まれた瞬間から死に向かっている。
人生の終点は「死」なのである。「死」が人生の目的だというつもりはないが、間違いなくすべての人が一度経由する地点である。
そこに至るまでに、何をし、どんなことに気づき、どんなことを感じるか。

そんなことを書いていると、「満足死」の提唱者の疋田善平医師の事が思い出される。

医療ルネサンス 在宅のデザイン 満足死 自分の死 自分でつくる (2007年9月24日 読売新聞)

読書感想文 奥野修司『満足死』講談社現代新書 2007-03-28

取材対象は疋田さんというお医者さんで、二人称三人称ではなくて一人称の死を「満足死」と呼んでいるようでした。で、死の段階を社会・他人に貢献できない「社会死」、自分の身の回りの世話ができなくなる「生活死」、心停止する「生物死」の三段階に分けて、「生活死」と「生物死」の間隔を短くできれば、「満足死」できる可能性が高くなると考えているようでした。


奥野修司「満足死」;講談社現代新書 ”朝吼夕嘆・晴走雨読”2007年04月08日

 本書で疋田医師の説く「社会、生活、生物」の3段階死は考えさせられた。


満足死 September 26, 2007 マタンゴ雑記Ⅱ

疋田先生には個人的に数年前にお会いしたことがあるのだが、(日本プライマリ・ケア学会の指導医ワークショップの参加者としてこられておりました。)80歳を超えているにもかかわらず、いろいろなことに積極的にとり組まれておられ、私の紹介したDale's cone of learningについても後日「出典を教えて欲しい」とわざわざ連絡をしてこられました。そのおかげで私も、Dale's cone of learningについては、一つ新たな学びを得ることが出来ました。ここ。

ここでは、もう一段階踏み込んで考えたい。


人生においての

we enter and exit
through the same gate


the same gate:出入り口はどこか。

人生を「庭園」と考えるならば、その外側にあるのは何か。
仏教的な考えでは「あの世」から「この世」に入って来て、終わりが来たらまた「あの世」へもどっていく。
他の宗教でも「死後」に行く所の設定がなされている。

六道もしくは六道輪廻という考えからすると、この世(人間道)はあくまで永遠に続く輪廻の通過点でしかない。その人間道が「garden」であるとするならばその外側になるのは残りの五つの道ということになる。
肉体はこの世に置いて行くわけなのでその六道をめぐるのは「精神」なのだが、その「精神」が永遠に六道をめぐり続ける中で人間道という「garden」に迷い込んだ時そこで何を見聞し、経験し、感じ、学ぶかという事が、その「精神」の経験値となり、つぎの「道」へ行き更なる修行を積むという風に考えるとしっくり来るのは自分だけだろうか。(そのつみかさねを業(カルマ)というのだが)

精神がこの世にいる間だけ使用する「肉体」という乗り物。それをきちんと手入れしていなければ乗り心地が悪いだろうし、時々ガタが来てレスキュー隊を呼ばないと行けない(受診、通院)ようでは人生という「旅」の体験もまたちがったものになるだろう(それも「旅」の一つ、と考える人も多いだろうが)。あいにく、車とちがって、肉体という乗り物は動けなくなった時に「代車」がないので、また動けるようになるまで整備工場入りか、動けなければそのまま「廃車」ということになる。

こんなことをつらつらと書いていたら急に「マルコビッチの穴」という映画を思い出した。これだから人間の脳は面白い。


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2008/04/10

    会議の費用

仕事柄「会議法」についてのWSを行なうこともあるのだが、改めて会議にかかるコストについての記述に出会ったので、現在の組織について適応してみる。
後期研修医の時給は大ざっぱに計算して2500円ぐらい。(本当に大ざっぱに)
スタッフ3人+後期研修医12名のうち3分の2が出席として全員で11名
スタッフの時給も同じとして(本当はもう少し高いが)、
1時間の会議で27500円
週1回の実施なので、月4回で11万円
1年間50回で137万5千円
の人件費を会議をすることに費やしている。

1回1時間当たり3万円の価値のある会議をしているか?
何でも効率、コストというせち辛い世の中であるが、利益を無視して本当にやりたいことをやるための人と時間を確保するためには、出来るだけ短時間で最低限必要な利益を生み出すことを考えなければならない。
極論をすると月25日のうちの最初の10日で最低限必要な売り上げ(損益分岐)が出ればあとの15日は本当にやりたい医療や社会貢献、新しいことへの取り組みなどに使える。

演奏家は自分の出したい音程や音色を出すために指の位置はこうで、構えかたはこうで、力のかけ具合がこうで、といったことを考えながらやっているようでは、本当に表現したいこと、伝えたいことにエネルギーが注げないの。だから何も考えなくても自動的に求める音程や音色が出るようになるまで(楽器が体の一部になるまで)基本的な練習を積む。
プロとして正確な音程や温色は大前提であって、勝負はその先ですること。

原始仏教の教徒は永遠の精神(肉体に束縛されない自由な精神)を得るために徹底的に肉体を鍛えた。

のどが痛いといってきた人の問診項目はこれで、診察のポイントはここで、鑑別診断は。。
コレステロールが高いと検診で言われてきた人にまず聞くことは、、、この人のLDLの目標値は、選択するべき薬剤は?
といったことに意識がいっている間は、自分が医療を通じて患者さんに伝えたいことを伝える時間はない。患者さんに「どんな人生を送りたいの?」といった本質的な対話を持つ時間はない。
自分が本当に患者さんと交わしたい対話に十分な時間をとるために、絶対にやっておかなければならないこと(正確な診断、治療、安全の確保、科学的根拠に基づいた診療など)を徹底的に体に覚え込ませる。またシステムとして保障する。
プロとして、正確な診断、治療、安全の確保、科学的根拠に基づいた診療などは大前提であって、勝負はその先ですること。

急がば回れというが、よりレベルの高いこと、本質的なこと、自分のやりたいことに取り組むために、好むと好まざるとに関わらずやらなければならない基本的なこと、必ずクリアしなければならない事、の効率を最大限にする、という逆説的なことになるが、これが物事の本質だと思う。

大きな木ほどその根(見えない部分)は深い、水上は優雅な白鳥も水面下ではたくさん水をかいている、大きな建物ほどその基礎(土台が重要)、すそ野が広いほど山は高い。

奇抜なピカソも青の時代までは基本的なデッサンをしっかりやった。

優秀なプレイヤー(演奏家も、アスリートも)ほど基礎練習、原理原則論に忠実である。

医が算術になって久しい、といわれるが、医が本当に仁術であるためにまず算術でなければならない、というのが現実的な所。上記の理由からこれは全く恥ずるべきことではないと思う。問題なのは、算術の段階で止まってしまっていることなのだ。意図的に算術だけで済ませてしまうのは論外としても、経営的にランニングコストを出すのに精いっぱいの医療機関では、そこを達成するために不必要な検査や処方を出さざるを得ず、医療がゆがむ。仁術をやる余裕がないのだ。そしてそれはそこで働く医師の本意ではないだろう。

効率的に会議を行なう事が目的ではなく、それによって生まれた時間と人で何かをするために効率的に会議を行なう事が必要なのだ。

急がば回れ。

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2008/04/02

    完全な指示を出すための7つの要素

自分の意見はほとんどありませんが。。
人が多くなるにつれて、熱意、やる気、根性、といった精神論だけではうまく行かないことが増えてきている。また、これまで数日かかって教えていたことをもっと短時間でとりあえずの形にする必要性が高まっている。



  1. 仕事の目的(より高いレベルの目標)

  2. 仕事の目標(望ましい結果のイメージ)

  3. 計画の一連の手順

  4. 計画の論理的根拠

  5. 行うべき重要な決定

  6. 反目標(望ましくない結果)

  7. 制約及びその他の注意点


完全な指示を出すための7つの要素 - *ListFreak




最も丁寧なリスト、という事で、すべての指示にこの項目すべての必要はないでしょうが、一度検証してみるのに良いリストといえるでしょう。
反目標(望ましくない結果)というのが重要だそうです(道を説明するのに、XXが見えたら行き過ぎとか、OOをしないように気をつけながらとか)

以下の本にこういったリストがまとめられています。


リストのチカラ [仕事と人生のレベルを劇的に上げる技術]
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    オリエンテーション

新人の時期です。
オリエンテーションは必要なのか。必要だとしたらどのぐらいの期間? なにをやる?

今からでは今年のものの変更には間に合わないかもしれませんが、参考までに他施設での取り組みを

週刊医学界新聞 第2735号 2007年6月11日
2週間で研修医を鍛えあげる方法 市立堺病院(大阪府堺市)


市立堺病院のオリエンテーションは「グループ制でのShadowing」の導入や「仕事人リスト」「失敗リスト」の活用によって年々ブラッシュアップされ,ほぼ完成形に近いという。課題としては,後期研修医のスタート(後期のオリエンテーションは現在1週間)を改善したいとのことだ。



「仕事人リスト」「失敗リスト」という言葉がいいですね。
この理論的裏付けはあとで。

週刊医学界新聞 第2735号 2007年6月11日
病院理念を反映した他職種や地域医療の体験 東葛病院(千葉県流山市)


――他職種体験も重視されています。このねらいは何でしょう。

下 チーム医療の中で医師にはリーダーとしての役割が求められるわけですが,そのためにはコメディカルのパフォーマンスを十分に知る必要があります。医師はいったん伝票を起こせば終わりですが,その伝票を受けて仕事をしているコメディカルがいるから業務が成り立っているわけです。朝出した指示を2時間後に変えれば,指示を受ける側はいかにストレスを感じるか。医師からしてみれば,病状は刻一刻と変化するのだから変更も仕方ないかもしれません。でも,そういった時のちょっとした配慮が大切なのですね。


組織運営の重要なことは組織構成員が最大のパフォーマンスを発揮できるようにすること。ある部門のメンバーが簡単にできる仕事を、そのことを知らないために自分で苦労して、時間かかってやって、そのメンバーは手持ちぶさたにしている。
相手の立場に立った連携ということと同じぐらい人財を効果的に利用する、という意味では、他職種の人たちがどのような仕事ができるかを把握することは重要です。うちのオリエンテーションでも数年前から導入しています。うちは「他職種体験」まではいかず「見学」ですが。

川島篤志氏、下 正宗氏ともに良く知った間柄。共に初期研修医が対象なので、私の仕事とは少し異なりますが、他施設で同志が頑張っていることを風の便りで知ることで自分がさらに頑張って行ける気がします。

今月から、我々の施設でも家庭医を目指す4名の後期研修医と1名の初期研修医が研修を始めています。最初の1か月はオリエンテーションと称して他の11か月ではやらないさまざまな取り組みをするのですが、今年もまたいくつもの新しいアイデアを試験的に導入する予定です。

一つだけ先述の記事にからめて。レジデントからのアイデアで、入院ではありませんが、受診体験を新人にしてもらいます。受診される方の待つ時間の長さとか(意図的に待たせているわけではありませんが)、患者側の視点から我々の診療がどのように見えているか、などをまだ仲間として完全に打ち解ける前に外部者の視点で我々の診療の改善点も見つけてもらおうという意図も含まれています。どうなることやら。

2008/04/01

    やっぱりこれで良かったのだ??(かも)

最近読むようになったblog
ライフハックス心理学
医学部にはいると決めたときは脳外科医になろうと思っていた.医学生になって自分の適性やそれぞれの専門の仕事内容の本質がみえてきて,脳外科医になりたいのではなく脳の働きに興味があったのだということ,外科医は基本的に「構造」を扱う仕事であり直接,働き「機能」を扱う仕事ではないということ(機能を最適化するために構造が決まるので,構造を扱うことでもちろん機能を扱っていることになるのだが,一方で構造をかえることなく機能に介入することはできる.分子レベルで構造も変わっているのかもしれないが)などから,紆余曲折を経て家庭医と教育の仕事をしているが,結局人間は脳の働きによって人間たり得るので,しかも家庭としての仕事の多くは本人の行動や認知の変容であり,教育もしかりなので今やっていることは脳の働きを良く理解して効率よく効果的にその働きを良い方へかえる手助けをする仕事が割合として多い.そういう意味で医師になると決めたときから仕事の肩書きは別にして本質的なやりたいことを実現している.(この考え方の根底にあるのがキャリアアンカーという考え方.また別の機会に)

そのブログの最近のエントリー

私たちは雑務好きだ
から,


「脳」と「やる気」の関係において、「答えが見えている」ことに、「脳」は「やる気」を費やしたがります。書き進めてきたプログラムや文章は、自分が書き進めてきたので、これをどうすればより良くなるか、一目瞭然です。一目瞭然だと、「やる気」が沸くのです。
真っ白のエディタに、一文字目から入れていく作業は、多大な精神力が必要です。「脳」は、まだ海のものとも山のものともつかない、見通しの立たない仕事には「やる気」を回そうとしません。真っ白い(真っ黒い)画面を前にして、マンガを読んでいたりしたくなります。(ちなみに「マンガを読む」ことは「見通し」が明らかなので「やる気」が回ってくる)。

こうした時に、私たちはつい、「やる気」が出ない理由を誤解するのです。

そうかわかった!
これまでの構造が悪いから、先へ進めないのだ!

これは100%ウソではないのですが、80%以上は、ウソです。次のように考える方が本当です。私たちは、「創造的な仕事」(は、先が読めない)よりも、「雑用」(は、やり方が明らかに見える)を好むのです。


先日アメリカに行った時に、かの一流の研究者と同じような話をしていて「どうして雑用ばかりにかまけてしまうのか?」という話題になったときのことです。私のつまらない疑問を先生は一言で喝破してのけました。

「それは雑用は答えがわかっているからです!」


そこから更に孫引き
夢を実現するには、「緊急ではないもの」を「緊急」にする

雑用というのは、手間はかかるけれどもやり方はわかっている。それに対して重要なタスクはまだ答えが見えず、不安との戦いを強いられる分だけ、どうしても人間の心理はそれを後回しにしてしまうというわけです。

そうであるなら、

「この重要なタスクをしないと1年後の夢が実現しないよ!」

「この一歩を踏み出さないと人生に後悔するよ!」

こんなよい意味でのプレッシャーを自分に与えることで、安易にクリアできる雑用に傾いた針を、逆の方向に傾けないと、いくら遠大なビジョンがあっても、実現のための一歩も踏み出せないのかもしれません。



自分は何でもギリギリまで先延ばしにして最後のラストスパートで仕事をする人間である.(アドレナリンで仕事をする)
色々な仕事術や,タイムマネジメントの本や雑誌などで決まって書かれているのは,重要だけれど締め切りのないことをこつこつやりましょう.ということ.


でも,自分はなかなかそのやり方に移行できないけれど,今までのやり方でもいいような気がしてきた.

まあ,先のブログは本質的にはそういうことは書いていないのだけれど.

自分の見たいこと,聞きたいことを選択的に認知するのが脳というプロセッサーの特徴でもある.
今まで通り,自分らしく,でも少しずつ進化を.

    Dr. Rodnick追加

STFMの雑誌Family Medicine3月号はDr. Rodnickへの追悼号となりました.
追悼記事はここ
http://www.stfm.org/fmhub/fm2008/March/Joseph158.pdf
まだ読めてませんが.

2008/03/24

    Dr. Jonathan (Jack) Rodnick 氏を偲ぶ

何気なく診療の合間に,今日届いたWONCA News(17ページ)を見て,思わず「あっ」と声を上げてしまった.

日本にも関わりの深い米国の家庭医,Jonathan (Jack) Rodnick, MD 氏の訃報である.

昨年の米国独立記念日に65歳の誕生日を迎えた後,今年の1/26にハワイで休暇中になくなったとのことです.
奥様とジョギング中に突然倒れてそのまま,ということでした.

1973年に家庭医療のレジデンシーを修了ということですから,ほぼ第1期生です.(GIMからの転向組と勘違いしていました)

1987-88 STFMのプレジデント
1988-2005まで17年間UCSFのDept Chair
2007にはSTFMの代表としてWONCAに参加

日本との関わりは,
第11 回日本総合診療医学会 2003 年3 月1 日(土)・2 日(日)北海道大学
特別講演「世界のプライマリ・ケア教育の現状と課題」

Kyoto WONCAでも基調講演をされていました.

また,彼が執筆したほんの翻訳に我らの仲間が関わっています.

テイラー家庭医療実践マニュアル
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第2章 よくみられる症候

 2.4 咳嗽
  Jonathan E.Rodnick and James K.Gude/松田 諭訳

もちろんこのほかにもたくさんあると思います.

個人的に彼との関わりは二つ.

彼がSTFMの代表として参加した昨年のWONCA (Singapore)の懇親会でゆっくり話が出来たこと.日本での医療の形を詳しく知るようになって,家庭医の確立されていない日本での健康レベルの高さ(プライマリケアパラドックスと個人的に呼んでいます)を説明するには,健康度と実際の医療従事者と患者の接触時間の総計が関係しているのではないか,ということを話されていました.個人的に賛同できる意見です.一回の診察時間は大変短いですが(実は諸外国とそれほど変わらないのですが)平均受診回数はかなり多いので総計は圧倒的になるのではと思われます.
証明が難しいですがやりがいのある研究の種です.

もう一つは,彼がずっとFamily Medicineという雑誌のInternational Family Medicine Education column. という連載のsection editorをされていて,世界の家庭医の教育に関する話題をずっと取り上げていたのですが,fellowの時に彼とメールのやりとりをして,今日本の家庭医療がダイナミックに動いていて,大変面白いので,ぜひ日本の話題を投稿して,といわれていたのですが,私のひどい筆無精で,約束を果たすことが出来ませんでした.

最新号のこのセクションでは彼に対しての一言が添えられています.

The abstracts published in this issue and the April issue of Family Medicine were the last he wrote before he died. We will miss you, Jack.

We will miss you, Jack という言葉にやり場のない寂しさを感じます.

3/2にサンフランシスコでお別れの会と基金が設立されたようです.
Memorial for Dr. Jack Rodnick: UPDATED LOCATION

きちんとお話ししたのはたった1回でしたが,とっても気さくで,話しやすい方でした.

世界中の家庭医療の動向をずっと気にされ,日本のことも気にかけてくださっていたRodnick先生に恥ずかしくないように,この世で出来ることを頑張っていくしかない.

前から感じていることなんだけれど,人の訃報を聞いてあわてて最後のお別れにと,告別式に出向いていくのは不要とは思わないが,やっぱりそこで,それまでの不義理を精算するように「最後ぐらいは」と行くのではなく,生きている間に,できるだけ,会いに行く,手紙や電話のやりとりをする.そんな方がずっとお互いの良い冥土のみやげになると.

「今できることを精一杯」

忙しくて時間がないからこそ,そういったやりとりの時間を作ることが,相手を尊重していることのメッセージになると信じて,出来る限りのことをするようにしている.

たくさんの人からのお願いや,約束が果たせないまま,不義理を重ねている最近の自分に,何とも言えない不全感がある今日この頃.身の丈にあった仕事と生活をして,一つ一つの仕事,生活に責任を持って確実に句読点を打つ,そんな毎日が送れるといいね,と最近伴侶と話していた矢先の訃報でまたそんな思いを新たにしました.

そういえば彼岸で実家に帰ったとき級友に連絡をとるのをめんどくさいとさぼってしまった.